すみっこ(ウクライナ)で見た、聞いた、考えた

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「中世の狂いと舞」考

能「三井寺」で狂女が狂言の頭を後ろからポカリと叩く場面がある。ぼくにとってこの場面は、中世に存在し今はもう消えてしまった「狂い」の質を垣間見せてくれる興味深いものである。
中世には受容されていた「狂い」。それは今日の精神病とは全く異なる。能に言及する多くの論者が説明していることなので繰り返さないが、至極簡単に言ってしまえば、それは執心から発した発作的・一時的な忘我状態である。「三井寺」では何の前触れもなくいきなり頭を叩くという行為から狂女にも物狂いなりの論理が存在することが透けて見えてくる。正常な者ならば丁寧に声をかけるところを狂女は頭を叩くのである。子を探す母の執心も表現し切っていることを思えば、この場面での劇としての能の表現力のすさまじさにただ驚くばかりである。
フーコーを持ち出すまでもなく「狂い」が監獄・病院などへ閉じ込められるようになるのは近代近くになってからである。そして、囲い込まれることによって単なる「狂い」が「精神病」に深化するのも近代以降であろう。それまでの世では、もちろん物狂いは往来で頻繁に目にすることが出来たし、「ちょっとおかしな奴」くらいの認識しか持たれていなかった。

僕の予想するところでは、おそらく600年前の当時の旅芸人のなかにはこうした「狂い」の忘我状態を歌舞にとりいれて興行した者がいたに違いない。初期の世阿弥も物まねを最高の表現法と考えている。観阿弥までの時代の垢抜けない物まねの申楽において鬼、男、女や老人にまじって物狂いが表現の対象となっていたとしても全くおかしくはない。そして後に述べるように物狂いの舞は当時では人気の、と言って悪ければ物珍しい歌舞だった。
ほとんど乞食の次くらいに卑しいとされていた芸人。白拍子は男性の格好をした芸人で、彼女らは舞手であると同時に夜をひさぐ売春婦でもあった。すぐ思いつく最も早い時期の白拍子といえば、清盛の寵愛を受けた妓王と仏御前がいるが、妓王は典型的に白拍子の身の浮き沈みの哀れさを表している。
能「隅田川」の狂女はまさしくこうした白拍子上がりの女ではないかと思われる。人商人にかどわかされた梅若丸の父について全く言及されていないのは、そうした背景が自明のことだからだろう。子を求めて一人、母は東国へ下ってゆく。

問題の場面は隅田川までやってきた母が舟人から舞を要求されるところである。ワキが渡し舟に乗り込もうとするときに辺りが騒がしくなって狂女が現れる。詳しく描かれていないが、ここは母が行き会う人毎に我が子の消息を尋ねて回っていることによる騒ぎであろう。つまり、母は子を探すに熱心なあまりなりふりかまわぬ態となっている。そして渡し守までやって来て舟に乗せろという。そこで舟人ははじめて「物狂いはおもしろく舞うものと聞いているので、ひとさし舞ってくれれば舟にのせてあげよう」と条件を出すわけである。このことから当時の巷間に「狂人の舞」なるものが見事であるという噂がまことしやかに語られていたことがわかる。
ところがこれは上記の「狂人を真似た旅芸人の舞」が本来の出所であって、狂女=舞の名人、では決してなかったのではないだろうか。能「隅田川」に関して言えば、狂女がたまたま元白拍子であったというに過ぎないと僕は考える次第である。

それはまた、別の面からも推理することが出来る。いくら忘我状態になった人間とはいえ、意味もなくそこら辺の空き地で踊っているだろうか。つまり、踊りを踊る以上そこには観客がいるのが当然であり、観客がいるということはその踊りは興行・見世物であるに違いない。そしてそれが興行であるからこそ、巷間に上るほど周知しているのである。素人の狂人の単発的な踊りが芸として見ごたえがあるものとなるとも、噂になるほどの広がりを持つとも思えない。それは組織的な旅興行の一座が出し物のレパートリーとして定着させることによってはじめて認知されたと考えるほうがはるかに自然である。
そして、であればこその「狂女の舞」なのである。


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by exist2ok | 2005-06-15 02:21 | お能

ラフマニノフ・フェスの閉会演奏会

と思ってたら、なにやら表彰式がはじまるのであわてたが、音楽院で勉強する学生の歌唱コンクール入賞者の表彰とお披露目演奏が前半部であった。その中に三人も中国人が混じっていたのは驚いた。ムゼッタのワルツ、カヴァラドッシのアリア、オ・ソレ・ミヨなど歌った。一位のウクライナ青年のバスは完璧。風格も備えていて、ロシヤ系は先天的にバスに向いているのかも。何人かラフマニノフの歌曲を歌った人もあり、フェスティバルにかこつけるだけの体裁は、一応とれていた。

で、とにかく驚いたことはこの学生たち、本当にうまかったこと。声の出し方、音程のつけ方、教わって身につけることのできる勉強は遺漏なく習得していた。まことに見事としか言いようがない歌唱だった。彼らの歌ったアリアに関して言えば、これを下回るプロの演奏はいくらでもあるほどレベルは高い。なぜなら登場人物の性格分析をもとにした感情表現だけがかれらに残された課題であるほど技術的に完成されていたのだから。

昨年日本で、付き合いから学生やセミプロの演奏会に何度か行ったのだが、演奏そのものについては時間の無駄以外の何ものでもなかった。ハリコフの学生が出来たことが芸大や武蔵野音大、桐朋学園といった大学の出身者がまったく出来ていない。あれではプロとして通用することは難しい。結局、「私、音楽勉強していました」と言いたがったり子供のお稽古事にピアノをさせたりする主婦や音楽事務所の雑用になったり、プロとして通用しないが未練が捨てられないためだけの中途半端な演奏会を開いてるフリーターになったりする。日本は本当にオナニーが盛んな国なのである。

そんな折にドイツでは日本人演奏家が姿を消しつつあるという読売だったかの記事を読んだ。韓国や中国の学生はオペラ天国はイタリアではなくドイツだということをかぎつけ若いうちから殺到している。一方、日本人は正しくない教育を続けてきてその間違ったくせが直せなかったり、すで年齢的に手遅れだったりで学校にすら入れないという。また、技術的にも未熟でせっかく日系所属歌手の紹介で歌劇場のテストを受けることができてもドイツでは他の候補者を選ばざるをえないほど能力がないのだそうだ。
日本はすべてにおいて斜陽国家の面影がちらつく。


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by exist2ok | 2005-06-11 23:21 | 音楽

引き続きオペラ報告

プログラムは1グリブニャだが、すべてウクライナ語で書かれているのでお手上げ。
リセンコ「タラス・ブーリバ」はゴーゴリ原作のオペラ。タラス・ブーリバといえばヤナーチェクの交響詩だったか組曲だったが有名だが、こちらは完全なオペラ。コザックの親分でポーランドに対する抵抗闘争を行ったタラス・ブーリバ。あらすじを読んだ感じでは話は次男のアンドリイが死んだあとにどこかの城を攻め落とすまででおしまいになっている。リセンコというウクライナの作曲家の作風はまだ把握できていない。
この間アイーダ、トゥーランドットとみたが、出来はまあまあ。アイーダはラダメス役を除いて平均以上だったが、ラダメスのカリニチェンコがすべてをぶち壊していた印象。このテノールだめだわ。酔っ払いが嘔吐するような声の出し方で、まるで地方やくざの親分。悪役っぽい声でとにかく幻滅。蝶蝶さんのゴローがぴったりだろう。トゥーランドットのカラフはサムソンも歌ったテノール・ヴァシコフ。声に伸びがなくかすれた音色だが、がんばっているとおもう。「誰も寝てはならぬ」は十分堪能できたから。ドニェプルペトロフスクからきたというトゥーランドット姫のソプラノ・ヤノフスカは声量不足。低音と高音にもっと広がりが欲しいところ。
この先、一番楽しみなのはトスカだけど、誰がスカルピアをやるのか心配。一幕終わりのアリアをちゃんと歌ってくれれば何も文句はない。

今、ハリコフではラフマニノフ・フェスが開かれている。平日もジャズやコーラス、オルガンとラフマニノフを組み合わせたプログラムで演奏会が行われている模様。先週の28日(土)は久々にフィルハーモニーへ。パガニーニの主題による狂詩曲となぜかチャイコフスキーのピアノ・コンチェルト一番。オール・ラフマニノフで固めて欲しいところですよね。いやー、ユーリー・ヤンコすごすぎる。突進力がすさまじい。今回気がついたことは弦に力強さがあること。音楽に対する距離感がゼロで心底から自足している。この曲は自分の音楽なのだということに一点の曇りもない自信からしかこういう力強さはでてこない。
こういう音を聞いてしまうと、あらためて音楽は芸術なんだと思わせられる。当たり前じゃないか、って言う人は甘いですね。日本ではこんな響きはめったにお目にかかれない。日本の演奏家は音楽を工芸品のように扱う。いかに精緻に仕上げるかがとわれていて、曲にたいする共感など薬にしたくもありゃしない。いうならば蒔絵やサーカスを見ている感覚。感心するが感動しない。すごいね、こんなこともできるんだ、という種類。工芸品やサーカス見て泣く人はいません。再現芸術はあらわれた先から消滅していくが、そのときの観客の内面に美をよみがえらせる。
で今週土曜日はフェスティバルの閉会でピアノ・コンチェルト三番。

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by exist2ok | 2005-06-04 23:44 | 音楽



メキシコ、N.Y. L.A.そして現在はウクライナのハリコフ市に住むおがわがお伝えします。コメント・TB大歓迎です。どんどん絡んでくださいね。
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