すみっこ(ウクライナ)で見た、聞いた、考えた

カテゴリ:雑感( 39 )

三発目の原爆は日本に落ちる

ヒロシマ、ナガサキから六十年。折り返し地点である半世紀を過ぎて早や十年。特にここ数年で五十周年を記念した十年前と「戦争」にたいする社会の空気が明らかに違う。それが何を意味するのか分からない(短絡的に「軍国主義化への道再び」とは言わない。そんなことは有得ない)。しかし近世以降の日本人は明らかに何かが狂ってしまっている。そして基本的にその「狂い」は今でも温存されていると思わざるを得ない。
森有正のエッセーに、あるフランス人の女学生と雑談の最中に「三発目の原子爆弾は日本に落ちると思います」といわれて絶句してしまう場面がある。森が絶句したのは、彼女の言葉が思いもよらなかったからではなく、その反対にまったく当然のことのように納得できてしまった自分自身に驚いたことが原因だった。それはなぜか、というところに森の思索の核心に触れる部分があるのだが、簡単に言ってしまえば、日本人には自己規定能力が欠如しているということ(詳しいことはちくま文芸文庫の「エッセー集成 五巻」を参照)。
それは己自身で自己を規定し、そして環境に即して自律的に自己修正を行っていくこと。日本人のあり方を森は「二項方式」と名づけているが、常に他者を介在した規定によってしか己のあり方を図ることができないことである。まず個としての己があってその後他者に出会うのではなく、他者がいなければ己もないというところに「日本」の問題がある。森は一項方式に触れると二項方式はかならず崩壊するともいう。
これまでの日本人は慣性・惰性的全体主義の画一性においては絶大な生産性を発揮する能力があるが、向かうべき方向を変更する自己修正能力には全く疎いこと、そして圧倒的他者の介入なしには自滅するまで修正できないこと。「原子爆弾」とは象徴なのか、もしくは米・中・朝のいずれのものであれ文字通りの「そのもの」なのか否かは落ちてみるまでわからない。落ちてはじめてそうだったことに気がつく。


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by exist2ok | 2005-08-12 21:10 | 雑感

世界はニジェールの危機を無視している

「世界はニジェールの危機を無視している」というアフリカの飢餓に関するロシヤ語BBCの記事(近日中に概要と一部訳を掲載予定)をきっかけに考え事をしていたのだが、あまりに広がりすぎて収拾がつかなくなったので、とりあえずまとまりのある部分だけ一部のせる。ちなみにこの一週間ルガンスクの友人宅へお邪魔して、伝染病(腹痛と風邪)に罹ったり、ダーチャへ行ったり、子供たちと遊んだりして本日早朝戻った次第。冬専用で冷房のない長距離列車はとにかく暑かった。

人生のもっとも原始的な「意味」を己の種を次代に残すという生物学的根拠にもとめるならば、大審問官と羊の群れの対比は最も理想的な社会構成といわねばなるまい。問題はどのような大審問官を我らの主に見立てるかということ(これこそ数千年にわたって人類が探求し続けている「神」の問題以外のなんであろうか)、そして、「食」足りたのちに我らが自分自身によって、もっとも安全な快楽であるところの妄想以外の何物をも求めないように「調教」されること(*1)、これである。こうして初めて、われらの群畜的千年王国は安泰となる。

(*1)人類が労働から解放された暁に、すべての麻薬は禁止される意義を失う。それは同時に、解禁されるだけでなくすべての人類の福音にすらなりうるだろう。人間の生活環境から労働が消滅することは、歴史(時間そのものはなくならない。なぜならそれは人間存在そのものの感性の形式的条件であるから)が消滅することと同義である。


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by exist2ok | 2005-07-31 21:12 | 雑感

「アメリ」について再び

ロシヤ・ウクライナは海賊版天国である。詳しいことはわからないが、ウクライナに至っては国際条約にも加盟していないので、なんと著作権が存在しない(らしい)。
ロシヤ語吹き替えのMPEG4ビデオCDがそこらにあふれている。値段はひとつ当たり大体20グリブニャ前後(およそ4~500円)。DVDだと55グリブニャくらい。やはり値段もそこまで行くと、本当に海賊版なのか怪しい気がする。ひょっとしたらちゃんと権利料を払っているのかもしれない(先日買ったロシヤ語版ウィンドウズMEとオフィスXPその他数々のアプリケーションが入ったCDは17グリブニャだっただけに正規版とは思えない)。
つい先日、ビデオCDで「アメリ」を見つけたので、再び見た次第である。これはかなり好きな映画なので、一言書いておきたい(まだの方は、ぜひ見てください)。

どこかでこの映画にセックス描写があることを非難している文章を読んだがそんなことを言うのは迂遠な気がする。だってこの映画のテーマは一言で要約すれば「人間関係」になるだろうから。外界と隔絶された家庭で育った少女が自分の殻を破ろうとする話であり、まあ、その過程がかなり奇抜でコメディーになっている(*1)。
言うまでもなく、セックスはきわめて重要なコミュニケーション手段の一つだ(*2)。サルに「ボノボ」という種類があるが、かれらは生殖のためだけではない交尾をする。喧嘩しそうになったり、精神的に不安定になりそうになるとちょこっと交尾して関係や状態を修正するのである(これが乱交であることも興味深い点である)。

*1: 宣伝文句にあるように「みんなを幸せにするため」というのは留保したい。八百屋のコリニョン氏を懲らしめることは、アメリの内面において「みんなを幸せにすること」と同一に捉えられていると思われるから。である以上、「幸せ」という範疇でくくることはできない。

*2: 売春は男の本能のはけ口としてコミュニケーションの意味を薄められた商品だと思うが、僕自身は女を買ったことがないのでなんとも言えない。ひょっとしたらファッションヘルスやイメクラはコミュニケーションがあるのかもしれないが、その有無や質についても不明。

セックスというだけで目くじらを立てるような人は、どこかおかしな固定観念があるか、コミュニケーションがうまく出来ない人なのではないかと思う。正直に言えば、僕もコミュニケーションに不自由を感じる人間だが、少しは関係あると思っている。性に鷹揚な人はだいたい性格が少々いい加減だが面白く、しかも場の雰囲気をつかむのがうまい人が多い。
経験が少ない時分、往々にして初めての女性とのセックスがうまくいかないのは、リラックスできていないからだ。相手に対して自分を演じなければならないという警戒心が緊張につながり、その結果なえてしまう。これは会話の技術と共通する部分が多い。会話を楽しむ技術とセックスを楽しむ技術はほとんど同根だと僕は思っている。

映画「アメリ」の話に戻ると、はじめ彼女の紹介の「試してみたけどだめだった」という部分はこれまでの彼女の対人関係をも象徴しているから決して欠かせないのである。物語の最後で対面するなりセックスとなってしまうこともこの話の主題がこの少女の対人関係の改善にあることの象徴として(犬の嗅ぎ合いみたいなキスも同様に象徴的だ)十分納得できる。「ファンタジーにまで性描写を持ち込むフランス映画」と迂闊に言っては駄目なのである。そういうことは一個人の潔癖症や偏見で容易に指摘することが出来るが、なんらの衒いなくセックスを日常生活(セックスはまさしく僕らの生活ではないだろうか?)の一部として(*2)描ける精神を培っているのは百年やそこらの精神的営みではない。デカルトの国は「方法序説」を読む人々を必要としない、なぜならデカルトと同じように生きる人びとによって支えられているから、という言葉があるが誇張でもなんでもないことが映画一つをとってもわかる。
この映画のジャンルはファンタスティック・コメディーであるが、内的論理も何もなくいきなり純然たる空想だけが一人歩きして恣意的な妄想が膨らんでいく日本映画のファンタジーとはレベルが違う。それは登場人物の断面が実に簡潔かつ具体的に描写されているから、そこから生々しい生活が予想される。目線や言葉、ちょっとした反応一つが個性的でその人の人生が覗ける。そういうことをおろそかにしない。いうならば、空想に遊離していかない地に足の着いたファンタジーといえる(おそらく、フランスの義務教育で課せられる哲学の学習がこういう強靭な思考の足腰を作り上げていると思われる)。
空想と現実との摩擦をダウン症の青年を通して描いた映画「八日目」もその一例として挙げることができるだろう。この話では青年は食べるとアレルギーになるチョコレートを頬張って投身自殺する。だが、彼との接触を通してワーカホリックだった男性は人間的に再生する。障害を抱えて現実を放棄する青年は空想を追及するためには死ななければならないが、それは一粒の麦なのである。


*2: あくまで「一部として」。日本で過剰に発展しているポルノとは何の関係もないことを付け加えておく。ちなみにポルノ・メディアの氾濫は日本人の枝葉末節に偏向しやすい精神的歪みを象徴している。


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by exist2ok | 2005-07-11 20:27 | 雑感

「すみっこ(ウ・クライナ)で見た、聞いた、考えた」


結局、ブログの用途というのは日記形式がもっとも適しているといって良いのじゃないだろうか。日記といえば聞こえはいいけど、要は自分の思うことに関して何でもありの塵芥溜めのようなものだろう。ということで、ぼくの近辺を気にしてくれる人たちに対する「無事を知らせる便り」だと思うことにして、表題を変えた次第。
しかし、改めてヒドイ国名だと思う。「隅の方」ってまっさきに付随的で卑屈なイメージが先行してしまうじゃないか。ああ、ロシヤが親分なのね、っていう。
それと比べて「日本」って誰が考えたのか、とてもかっこいいネーミングじゃないだろうか。「ひのもと」「日いずる国」 この名前からだけでも自尊と誇りの想いが十分に伝わる。そしておそらくどの外国人に話しても理解してもらえる明快さをも備えてる。
そんなこと現代の国家・文化として誰からも誤解されている不可解な「日本」からはちょっと想像しがたい。日本人て仏教的無常感とともにちゃんとした論理性をつい数百年前まで持っていたんじゃないだろうか、と最近では思ってる。


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by exist2ok | 2005-05-28 22:49 | 雑感

ご無沙汰して申し訳ありませんでした。

いままでネットメールにログインするためだけに一時間はかかる(かなりの確率で失敗してやり直すので)という低速環境にいたのでチェックすることすら侭なりませんでした。
なんとかまともなインターネットカフェを発見しましてようやく更新できる運びと相なりました。この三ヶ月間全く更新しないのに確認に来てくれていた方もいるようで本当に申し訳ありません。

さて、久しぶりなので書くことがありません。お題のとおり芸術を味わわなくてはならないのですが、コンサートもなかなかいけていません(ハリコフ・フィル行きました。ラフマニノフ交響曲三番はすごかった)。今月末にオペラ劇場でショスタコのバレエがあるはずだったのになぜかどうでもいい演目に差し替えになっていて非常に残念。夏休みになると街中お休みになるのでコンサートもなく暇になりますのでいよいよ何を書こうかネタに困りますね。

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写真はキエフのバービィ・ヤール。大分前です(もう雪はありませんので)。


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by exist2ok | 2005-04-21 19:57 | 雑感

出発前日

さてさて明日出発と相成りました。
薬を買ったり、散髪に行ったり、借りたCDを返しに図書館へ行ったり、台所と洗面所を磨いたり、そんな一日。
荷物の重量の加減で悩んでいるくらいである。

この間、能にも行っているし中でも自然居士にはとても感動したのだけど書いている余裕がない(すいません、キャパ少なくて)。

そんな中、ソプラノ歌手ヴィクトリア・デ・ロサンヘレスが亡くなったという記事が! EMIでビーチャムが指揮したラ・ボエームでミミを歌ったのはロサンヘレスだった。気品と共に己への矜持をも感じさせる彼女のミミはロドルフォとの別れ話を納得させるものだった。
しかし、現役を退いているとはいえ、最近テバルディが逝ったばかりでもあったのに、、、


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by exist2ok | 2005-01-18 15:16 | 雑感

妖怪関係

既に終了しているが、荒井良氏の個展化けものつづらの写真。
京極夏彦の妖怪著作を渉猟中につき探してみたらやっぱりありました、文庫本の模型作っている人のページ。

読書は嗤う伊右衛門を進行中だが分量少ないので今日中には終わる。
次は夏に茂山千五郎家の妖怪狂言パートⅡでも見た「豆腐小僧」の原作豆腐小僧双六道中 ふりだしを探す。


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by exist2ok | 2005-01-12 07:35 | 雑感

ゾマホン

ビートたけし&付き人ゾマホンがアフリカに小学校を作ったぞSP
12/27(月) 前09:55 >> 前11:25  テレビ朝日

というTV番組を見たので、とりあえず忘れないように挙げておく。
ゾマホンのホームページ


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by exist2ok | 2004-12-27 11:47 | 雑感

メキシコ

から電話がかかってきた。
誕生日を祝うためのものだった、ありがたい。
生後二ヶ月から一歳半以上になるまで一緒だったパトリシアはもう言葉をしゃべる。いつのまにか4歳になっているのだからさもありなん。
「いつくるの?」なんて訊かれては、カツおじさんとしては行くほかなくなってしまうではないか!
非常にメキシコが恋しくなったのだった。ということで6月以降9月までの休暇中は、メキシコに帰る可能性あり。


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by exist2ok | 2004-12-24 17:10 | 雑感

予約し損ね

銕仙会一月の公演で銕之丞師が「翁」を舞うので楽しみにしていたのだが、予約を甘く考えていた。既に売り切れ状態。キャンセル待ちでは碌な席がとれまい。
4日の草紙洗小町と宗家の翁に賭けるしかない!(幸いにしてこちらの予約はまだ始まってない)

一年間見続けてきたお能ともしばらくお別れである。取り敢えず、直接の収穫は白洲正子を知ったことだ。この人の博識とそれにとらわれず軽やかに本質をつく直観力にはほんとうに脱帽する。当たり前にものを言っているように納得させられるが、その実、教養のバックボーンがしっかりしていないとこういうことは独善的に聞こえるものだから。

そしてこれはもう本当に消化できるか否かも分からないが世阿弥。花伝書を読んだことがある人は多いだろうが、己の常識に引き当てて読むのが関の山だろう。そういうことで古典に触れても高が知れている。表面的には理解しやすく書いてあるが、その意味するところを会得する為に張り巡らされた注意力に思いを致すと目眩がしてくる。

ということで、いよいよ白洲正子の「世阿弥」に突入。

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by exist2ok | 2004-12-02 23:22 | 雑感



メキシコ、N.Y. L.A.そして現在はウクライナのハリコフ市に住むおがわがお伝えします。コメント・TB大歓迎です。どんどん絡んでくださいね。
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