すみっこ(ウクライナ)で見た、聞いた、考えた

不能

いくら能のことばかり書いているといって、”能にあらず”ということをいうわけではない。読んで字のごとく、能力がない、というに過ぎない。

考える力がここのところとみに落ちた気がする。
いや、そもそも自分は深く考えたことなどあったのだろうか、と疑いだす。本を読んで考えたつもり、問題を共有したつもりになっているだけで、ポーズと変わらんのじゃないか。

猫も杓子もウェブサイトに手を出すようになって、斯く言う自分もこのバーチャルな世界ともう10年近くも付き合ってるわけだ。ネットは横の広がりを無限に近く広げた。事実、己のレジデンスを一歩も出ることなく地球上のそこここに知人がいるという状況はウェブの力なくしてありえない。しかしこうした多様な人間にたいするアクセスの容易化は、その分事物を掘り下げる”仕事”や”忍耐”の大切さを見えなくしてしまったとおもう。

自分について言えば環境のせいになど、勿論出来るものではないけど、この一年本当に不毛な期間だった。それは横の広がりとは関係ない、己の深化の問題についてだけ言うのだけど。

こういうことを敢えて書くとデメリットのほうが大きいのだけど、もう三ヶ月以上も鬱々として楽しまず、の状態だ。やりきれなくなって、仕事の前に早めに家を出て夜の上野恩賜公園を散歩したこともある。
自分の性質が本来的にエゴイスティックで、他人に耐えられないことが原因なんだけど、その不適格性をずばり指摘された挙げ句に終わった関係があった。言われたことの一つ一つがもっともなので反論のしようもない。それだけにそのトラウマも結構深い。

アランがプロポのなかで言っている。
”気のない様子で、ご機嫌いかがですか? と挨拶するが、こちらが本気で答えようものなら逃げ出すような人達のなかで暮らすこと。そうすればこの病は直る。”

ウクライナはその環境として最適である。その間本の訳を一冊仕上げればよい。読書が出来ればなお良いのだが、持って行ける本にも限りがあるのでロシヤ語の勉強をこれに替えたい。訳を終えることが出来れば自分の人生に対して”絶望(何も期待しない)”できる。それは今あるもので満ちたりた状態になるということだ。他人が自分に何かをしてくれることを期待する女々しい態度が自分から去ることを願う。


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すみっこ(ウクライナ)で見た、聞いた、考えた
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by exist2ok | 2004-11-12 01:50 | 雑感
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メキシコ、N.Y. L.A.そして現在はウクライナのハリコフ市に住むおがわがお伝えします。コメント・TB大歓迎です。どんどん絡んでくださいね。
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