すみっこ(ウクライナ)で見た、聞いた、考えた

岡本太郎 明日の神話 続き

新橋汐留の日本テレビタワーに明日の神話を見に行ってきた。

あまり気にも留めなかったが、どうやら太陽の塔と並ぶ大作のようだ。

ぼくはかつてメキシコに3年、そのうち2年間をメキシコシティーで住んでいたので、この話をウクライナからの帰国後耳にした際には驚いた。メキシコという土地はいかにも岡本太郎の好きそうな風土だからだ。
町中にディエゴ・リベラやシケイロスの壁画やモニュメントが散在する。その中に岡本太郎の作品が忽然とあってもまったく違和感がない。乾いた空気と青空、そして車や人の喧騒、その中に忽然と現れる遺跡。そんなメキシコの街にぴったりなのだ。

そもそも話しのはじめから、建設途中で倒産したホテル、ときいて「オテル・デ・メヒコ」を思い出していたが、予想通りこのホテルが壁画を依頼していた。実はこのホテル、現在はアエロメヒコのオフィスになっているのだが、ぼくがはじめて下宿した家から遠くない。バスで5分ほどの場所にある。上方になるにしたがって広がっていく、茶色で奇抜な建物だ。いまでもバス通過場所としてそのままの名で呼ばれていて、目印としても親しまれている。


今回この壁画を見てまず気がついたのが、中央の骸骨のスタイル。これはまさに11月1日死者の日に現れるメキシコ式の骸骨そのままだ。メキシコの幽霊はひょうきんなものが多く、今にもいたずらを始めそうなほどウキウキしている。岡本太郎がそんな底抜けに能天気なメキシコの骸骨を知らずにこの壁画を描いたはずがない。
原爆の風景を描いているとのことだが、爆発の強烈な勢い、すべてをなぎ払ってしまう禍々しさを描きながら、そのなかでなぶられることに歓喜し歌うような根源的な力を感じるのである。

結局は作品を残しながらも、その瞬間瞬間では自分自身がかけがえのない「作品」足りえた岡本太郎という芸術家の伝えたいことは歓喜や爆発というどこまでも動的で、固定化することの永遠に不可能なものだったのだと思わざるを得ない。

すみっこ(ウクライナ)で見た、聞いた、考えた
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by exist2ok | 2006-08-26 01:11 | 雑感
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メキシコ、N.Y. L.A.そして現在はウクライナのハリコフ市に住むおがわがお伝えします。コメント・TB大歓迎です。どんどん絡んでくださいね。
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